福島地方裁判所 昭和36年(行)2号 判決 1963年11月28日
原告 石幡静
被告 福島税務署長
訴訟代理人 朝山崇
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し、昭和三五年四月三〇日付でなした、原告の昭和三五年度相続税の相続による取得財産額を、金一一、五二三、一〇〇円とした更正処分のうち金七三〇万円を超過する部分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二、当事者の主張
(原告の請求原因)
原告訴訟代理人は、請求原因としてつぎのとおり述べた。
一、原告は、昭和三二年四月一七日父の半沢吉四郎が死亡したので、その遺産を他の共同相続人らとゝもに相続した。そして、右相続による相続税の申告書を、昭和三二年一〇月五日被告に対して提出したところ、被告は、昭和三五年四月三〇日付で、昭和三五年度相続税の前記相続による原告の取得財産の価額を金一一、五二三、一〇〇円(基礎控除後一一、〇二三、一〇〇円)、税額を金三、七二五、三九〇円とする旨の更正処分をなし、同日これを原告に対し通知した。
そこで原告は、同年五月二七日付で被告に対し、再調査の請求をしたが、同年八月六日、被告はこれを棄却したので、同年九月二日原告は更に仙台国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長はこれをも棄却し、同年一二月一六日その旨原告に対し通知があつた。
二、しかし、原告が亡父半沢吉四郎から相続により取得した財産の価額は金七三〇万円に過ぎないから、これを一一、五二三、一一九円と更正した被告の処分は、過大に取得財産の価額を認定した違法がある。
よつて、原告は、被告のなした相続による原告の取得財産の価額を金一一、五二三、一〇〇円とした更正処分のうち、金七三〇万円を超過する部分の取消を求める。
(被告の答弁および抗弁)
被告指定代理人らは答弁および抗弁としてつぎのとおり述べた。
一、原告の請求原因事実中第一項は認めるが、その余は争う。
二、被告のなした本件更正処分は、つぎのとおり適法・妥当である。
1、原告が昭和三二年一〇月五日付で提出した後記一覧表上段のとおりの相続税申告書に基き、被告において調査したところ、右申告にかゝる数額は事実と相違することが判明したが、被告からの修正申告の求めに原告が応じなかつたので、昭和三五年四月三〇日被告は後記一覧表下段のとおりの更正決議をなした。
「一覧表」(適用法規は昭和三二年四月一七日現在)
区分
原告の申告した数額
被告の更正した数額
取得財産の価額
円
六、四四六、三九三
円
一一、五二三、一一九円
債務金額
二八五、六二九
〇
差引財産の価額
六、一六〇、七六四
一一、五二三、一一九
基礎控除
五〇〇、〇〇〇
五〇〇、〇〇〇
課税価額(百円未満切捨て)
五、六六〇、七〇〇
一一、〇二三、一〇〇
相続税額
一、五九六、二四〇
三、七二五、三九〇
過少申告加算税額
一〇六、四五〇
納付税額
一、五九六、二四〇
三、八三一、八四〇
2、しかし、原告が本件相続により取得した財産の価額は、すくなくとも金一二、四九四、一〇〇円を下らないから、その数額の範囲内においてなされた本件更正処分には、何の違法もない。
三、1、すなわち、亡半沢吉四郎には、原告をはじめ、訴外半沢日出弥、同逸見啓子、同半沢信弥、同半沢康子の共同相続人があつたが、原告は他の共同相続人を相手どつて福島家庭裁判所に、同庁昭和三二年(家イ)第二〇四号をもつて遺産分割の調停を申立て、昭和三四年二月一九日調停成立し、その調停条項第一項により、原告は遺産の分割にかえて他の共同相続人らから連帯して金一千万円の支払をうけることが確定した。
2、ところで相続税は、相続人の取得した財産の相続開始時における評価額をもとにして課せられるものであるから、昭和三四年二月一九日調停成立により確定した右一千万円の債権を、相続開始時即ち昭和三二年四月一七日現在にさかのぼつて評価するのが妥当である。而して、昭和三二年四月一七日から昭和三四年二月一九日まで一年三〇八日間につき、税務当局において定めた年八分の複利現価率によつて減価すると、前記一千万円の債権の相続開始日現在における評価額は、
債権額×1/(1+8/100)整数期間×1/(1+8/100)×端数期間=複利現価
なる公式に基き
1000(万円)×1/(1+8/100)1×1/1+(8/100)×(308/365)=8,672,905(円)
すなわち金八、六七二、九〇五円となり、原告は前記調停の結果相続開始時において、この数額をもつて評価すべき債権を取得したことになる。
3、尤も本件一千万円の債権についてはその支払方法として、昭和三四年四月末日金三〇〇万円、同年一〇月末日金一〇〇万円、昭和三五年および昭和三六年の各一二月末日にそれぞれ金三〇〇万円とする旨の分割弁済の定めが存するが、仮に分割弁済の約定がある債権額の評価にあたり、債権額確定後の期間をも考慮すべきものとしても、斟酌の対象となりうる期間は、債権者が、それまでは履行を受けられないことが確実な第一回の履行期までに限らるべきである。
けだし、前記調停の条項中に、債務者が分割弁済を一回でも怠つたときは期限の利益を失い、残額を一時に弁済すべき旨の所謂過怠約款の定めがあるので、第二回以降の支払時期は不確定といわざるをえず、かゝる不確定な事項を評価上斟酌すべきではないからである。
本件債権の第一回支払期日は昭和三四年四月末日であるから、相続開始日よりの期間二年一三日につき前記2と同様の減価方法を行うと、その相続開始時における債権現価は
1000(万円)×1/(1+8/100)2×1/1+(8/100)×(13/365)=8,548,566(円)
すなわち八、五四八、五六六円となるのである。
四、のみならず、原告は、前記調停条項第四項によつて、右一千万円(名義額)の債権のほかに、つぎの財産を遺産分割により取得した。すなわち、
1、原告は、被相続人半沢吉四郎が同人名義で昭和三一年五月二五日株式会社東邦銀行本店に預金した、額面金一〇〇万円の定期預金債権(証書番号二九―二三八)を、相続により取得した。
2、又、原告は別紙「一」記載のとおり、株式会社秋田銀行福島支店の指定金銭信託一六口額面合計一五〇万円を相続により取得した。
右別紙「一」によれば、指定金銭信託の名義人として被相続人以外の者の名が記載されているものもあるが、これは被相続人において預金者名義を分散する目的で形式上他人名義を借用したにとどまり、実質的には右指定金銭信託はすべて被相続人に帰属していたものであつて、相続財産を組成すべきものである。
現に、原告は、この一五〇万円の指定金銭信託を、昭和三四年三月二六日自ら解約して、原告名義の定期預金(証書番号三三―五八〇)に預け替えしているのである。
3、更に、原告は、別紙「二」記載のとおりの銘柄および数量の株式を相続により取得した。
それら株式の相続開始時の価格(証券取引所に上場されている株式および気配相場のある株式については相続開始日の終値、それ以外の株式については右に比準して算出した評価額)は、同表単価欄および金額欄に示すとおりであり、その合計額は金一、三二一、一九五円となる。
五、以上のとおり、原告は
遺産分割にかえて取得した債権 金八、六七二、九〇五円 (前記三の2)
(或は金八、五四八、五六六円)(前記三の3)
東邦銀行定期預金 金一、〇〇〇、〇〇〇円 (前記四の1)
秋田銀行指定金銭信託 金一、五〇〇、〇〇〇円 (前記四の2)
株式 金一、三二一、一九五円 (前記四の3)
合計 金一二、四九四、一〇〇円
(仮に右三の3をとつた場合金一二、三六九、七六一円)
の財産を相続により取得しているのであるから、被告において、相続による原告の取得財産の価額を金一一、五二三、一一九円と認定し、その旨更正したことは、何ら過大とはいえない。
(原告の認否ならびに反対主張)
一、原告と訴外半沢日出弥外三名間の遺産分割調停事件につき、昭和三四年二月一九日調停成立したこと、および該調停条項第一項に、原告が亡半沢吉四郎の遺産分割にかえて、他の共同相続人より金一千万円の支払を受ける旨の記載があることは認めるが、原告が右調停条項の履行として現実に支払をうけたのは金七三〇万円であつて、それ以上の利益は取得していない。
東邦銀行定期預金、秋田銀行指定金銭信託その他被告主張の株式等を原告が相続により取得した事実は否認する。ただし右株式中福三衣料株式会社の株式の相続開始時における一株当りの単価(評価額)が五〇円であることは認める。
二、金一千万円の債権について。
1、前記遺産分割調停において成立した調停の調停条項第二の(1)の但書によれば、共同相続人である訴外半沢日出弥が訴外太陽信用金庫に対して負担する二口の約束手形債務合計金一〇〇万円を、原告において、遺産分割にかえた前記債権一千万円の第一回目の分割支払を受けるのと引換に、右日出弥のために右訴外金庫に弁済する特約が存し、このため、原告が実質的に共同相続人らから支払を受ける金額は、右一〇〇万円の手形債務の元利合計分だけ控除した額にすぎない。
而して、実際にも、原告は前記日出弥から、同人の訴外太陽信用金庫に対する手形債務の元利金合計金一二〇万円相当額を控除した残額の支払しか受けなかつたから、原告の財産取得額は一千万円から一二〇万円を控除した八八〇万円を出ない。
2、のみならず、訴外日出弥ほか三名の共同相続人らは、訴外半沢株式会社が原告に対して有する金一五〇万円の不当利得金債権を譲受けたと称し、当該債権をもつて前記一千万円の債務と対等額において相殺し、その分だけ現実の支払をなさない。
3、従つて、原告は右1の金一二〇万円、右2の金一五〇万円計金二七〇万円については何ら支払を受けることなく、結局それを除いた残額金七三〇万円しか遺産分割金として受領しなかつた。
三、預金、指定金銭信託・株式等について。
1、亡半沢吉四郎名義の株式会社東邦銀行本店の定期預金一〇〇万円は、同人により訴外福三衣料株式会社の右銀行に対する総額一〇〇万円の担保として差入れられており、結局福三衣料株式会社が期限に弁済しなかつたゝめ相殺せられて、前記遺産分割調停成立前に該預金債権は消滅していたから右調停に際してもかゝる消滅した預金債権を相続財産に加えることはしなかつたのであつて、調停の結果、原告が取得するということはありえない。
2、株式会社秋田銀行福島支店の指定金銭信託一五〇万円については、元来それらの寄託名義人の権利に属するものであつて亡半沢吉四郎の相続財産には属しないのである。かりにそうでないとしてもこの一五〇万円の指定金銭信託も前同様、訴外福三衣料株式会社の同銀行に対する一五〇万円の借入金の担保として差入れられており、昭和三四年一〇月五日右訴外会社の債務不履行のため対当額において相殺せられ消滅しているので、相続の対象とはならない。
3、株式については、半沢吉四郎の死後訴外半沢日出弥がこれを売却し、その売却代金一〇〇万円は同人名義の日本勧業銀行福島支店に定期預金として預け入れられ、そのご訴外福三衣料株式会社の同銀行に対する約束手形金一〇〇万円の債務の担保として差入れられたものであるところ、該預金債権は前同様右手形不渡りのためその支払期後の昭和三三年六月二六日に対等額において右手形金債務と相殺せられて消滅しているから、前記三ノ1と同様相続の対象とはならない。
四、かりに、原告の以上の主張が認められないとしても、昭和三二年相続税基本通達(国税庁長官より各国税局長に対するもの)第五三条によれば「負担付贈与にかゝる贈与財産の価額は、負担のない場合における当該贈与財産の価額から、その負担額を控除した価額として取扱うものとする………」とあり、元来税の本質は現実の利得を対象とするものであるから、右通達は遺贈に限定せらるべきでなく相続についても同様の取扱をなすべきである。
1、従つて、既に述べたとおり、東邦銀行定期預金、秋田銀行指定金銭信託および株式売却代金は、いずれも各名義額に相当する数額の第三者の債務のために担保に供せられて居たのであつて、これは当該財産上の負担にほかならず、これを控除すれば、結局右の預金、金銭信託および株式売却代金は零となるのであつて課税の対象は存在しないことになる。
2、又前記金一千万円の債権について、既に述べた訴外太陽信用金庫に対する金一二〇万円の支払が仮に原告の出捐において行なわれたとすれば、これは右の所謂負担に該当すると解すべきであるから、課税に当つては、一千万円より右一二〇万円を控除すべきである。
(原告の右主張に対する被告の反対主張)
一、遺産分割にかえた金一千万円の債権につき、その支払方法を定めた前記調停条項第二項(1)には、その但書で、原告主張のとおり原告において訴外半沢日出弥の訴外太陽信用金庫に対する約束手形債務元本一〇〇万円を弁済する旨の記載がなされていることは認める。しかし、当該但書の趣旨は原告の主張するところとは異るのであつて、元来右手形債務は、前記日出弥が原告の夫石幡敏男の依頼により太陽信用金庫掛田支店から五〇万円二口計一〇〇万円を借入れてその支払のために日出弥名義の約束手形を差入れたものであつて、敏男は日出弥より当該一〇〇万円の交付をうけて自ら費消したが、本件遺産分割の調停に際し原告において、夫敏男の日出弥に対する右債務(利息を含め一、一九四、〇〇〇円)を敏男に代つて弁済し、その弁済の方法として日出弥の右金庫に対する手形債務を直接原告が支払うことゝしたものであるから、日出弥において、金一千万円の債務のうち金一二〇万円の支払を免れたということはいゝえないのであつて、原告において、原告主張の一二〇万円(正確には一、一九四、〇〇〇円)の現実の受領がなかつたとしても、経済的実質的にみれば右一二〇万円相当の利得を一旦収め、それを自己の夫敏男のために出捐しているものとみなすべきであるから、これを課税の対象になしうるのは当然である。
二、原告主張のとおり東邦銀行定期預金、秋田銀行指定金銭信託については第三者である訴外福三衣料株式会社のために、それぞれの預金券面額と同額の債務の担保として提供せられており、原告主張のころ、いずれも担保権者である銀行から相殺せられて消滅したことは認めるが、相続開始時においては未だ消滅していなかつたのであるから、相続財産として課税の対象となるのは当然である。
又原告援用の国税局長官通達は、負担付遺贈に関するものであるが、相続財産がたまたま担保に供されていた場合でも、負担付遺贈と異り、当該財産取得者に何ら反対給付の義務を課するものではないから、本件に類推適用はない。
又株式については、原告において株式を相続取得後、それらを売却処分しているのであるから、原告の主張は当らない。
その余の事実上、法律上の主張もすべて争う。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、訴外半沢吉四郎が昭和三二年四月一七日死亡し、原告が訴外半沢日出弥外三名とこれを共同相続したこと、原告が昭和三二年一〇月五日右相続の相続税申告書を出したところ、被告において昭和三五年四月三〇日付で右相続による原告の取得財産の価額を金一一、五二三、一一九円と更正する処分をしたこと、この処分を不服として原告は適法な期間内に再調査請求および審査請求をなしたが、いずれも棄却されたことは当事者間に争いがない。
二、そこで右相続により原告が取得した財産の価額について判断する。原告と、訴外半沢日出弥外三名間の福島家庭裁判所昭和三二年(家イ)第二〇四号遺産分割事件について、昭和三四年二月一九日調停成立し、その調停条項の第一項に訴外半沢日出弥外三名は、遺産の分割にかえて、連帯して金一千万円の債務を原告に対し負担すること、同第二項(1)の但書に、右訴外人らが原告に対し右一千万円の第一回分の分割支払金を支払うのと引かえに、原告は訴外半沢日出弥の訴外太陽信用金庫に対する額面合計一〇〇万円の手形を弁済等して免責せしめることゝいう趣旨の約定があり、右手形債務は元利合計で金一二〇万円(正確には、一、一九四、〇〇〇円)となることは当事者間に争いがない。
ところで、この但書の意味は、成立に争いのない乙第二、第六、第七号証および証人石幡敏男、半沢栄一郎、毛利将行の各証言を総合すれば、元来前記手形債務一〇〇万円は、訴外半沢日出弥が原告の夫石幡敏男の依頼で訴外太陽信用金庫から借り受けたもので、日出弥から敏男に対し又貸しされた関係にあり、右敏男は、いずれにせよ日出弥に対し元本一〇〇万円の債務を負つていたので、調停成立を機に、原告において夫敏男の前記債務を弁済することゝし、その弁済方法として、日出弥名義の手形債務を直接弁済する旨定めたものと認められ、この認定を左右しうる証拠は他にない。
してみると、いずれにしても、原告が前記調停の結果、遺産分割にかえて金一千万円の債権を取得した事実は動かすことができないといわざるをえない。
原告は、訴外日出弥らが、前記手形金元利合計一、一九四、〇〇〇円を差引いた残額のみを原告に支払わなかつたことを捉えて、原告において右金額相当分の利益を取得していない旨主張し、又右訴外人らが、訴外半沢株式会社が原告に対し有していた金一五〇万円の不当利得金債権を同会社より譲受けたうえ、前記一千万円の債務と対等額において相殺したことを捉えて、右一五〇万円についても支払を受けていない旨主張するが、しかし右訴外人らが原告に対し負担する一千万円の債務は、すべて現金で支払われる必要は少しもなく、もし反対債権があれば相殺決済等によることは何ら妨げないのであつて、要は原告において、実質的に金一千万円相当の財産的利益を得ていれば、かゝる利益の取得の点に着目して、これに財産税である相続税を課することは何の妨げもないといわざるをえないから、原告のこの点に関する主張は失当である。
三、ところで、相続税は、いうまでもなく相続開始時において相続人の取得した財産の価額に基いて課せられるものであるから、本件のように相続開始後に至つて、遺産分割にかえて債権を取得した場合には、当該債権を相続開始時にひきなおして評価するのが妥当である。
のみならず、成立に争いのない甲第一号証(乙第一号証と同じ)によれば、右一千万円の債権は
昭和三四年 四月末日 金三〇〇万円
〃 一〇月末日 金一〇〇万円
昭和三五年一二月末日 金三〇〇万円
昭和三六年一二月末日 金三〇〇万円
このように数回に分割支払われることになつており、かつ利息の約定は認められないから、本件一千万円の債務は無利息のものといゝうる。
ところで、このような場合の債権評価の方法は、各分割支払金ごとに、それぞれの約定支払期日より相続開始日まで、各別に中間利息を控除することによつてなさるべきものと考える。
けだし、分割支払わるべき債権であるのにも拘らずそれを何ら斟酌せずに債権発生の日を基準にして、その日より相続開始日までの中間利息のみを控除することによつて評価するものとすれば、債権発生の日以降約定支払期日までの中間利息を無視することゝなるが、利息付債権の場合であればとも角、本件のような無利息債権の場合には、それは甚だ妥当ならざる結果となるからである。ところで被告は、本件債務には所謂過怠約款が附されているから、仮に評価上支払期日を考慮するにしても、それは支払をうけえざることが確実な第一回目の支払期日までに限るべきであると主張するが、成程第一回目の支払期日以降は債務不履行の事実の発生により債権者は全額一時に請求しうるようになるかも知れないが、しかし債務者において割賦金の支払を滞るようなときは、いうまでもなく債務者の信用状態、その支払能力に変調を来しているのであつて、かりに債権者が全額一時に請求しうるとしても、実質的、経済的には必ずしも債権者にとつて有利とはいえないのであるから、かゝる事情を考慮するならば、債権の評価に際しては、過怠約款の有無に拘らず定められた分割弁済期日までの期間をすべて斟酌すべきである。故に、本件の場合、被告主張の年八分の複利現価率で減価すると別紙「三」のとおりとなり、結局、原告は相続開始時において金七、七七八、三七六円の債権を取得したとみなすべきことになる。
四、つぎに、東邦銀行定期預金一〇〇万円、秋田銀行指定金銭信託(別紙「一」)株式(別紙「二」)について考えると、真正に成立したことについて当事者間に争いのない甲第一号証(乙第一号証に同じ)同第三号証の一ないし四、同第四号証、乙第四号証ないし七号証、同第八号証の一、二、同第一〇号証、証人半沢絹子の証言によつてその成立を認めうる乙第一一号証の一、二、真正に成立したことについて当事者間に争のない乙第一二号証、同第一四号証の一、二、同第一五号証、同第一六号証の一、二、同第一七号証、同第一八号証ならびに証人石幡敏男(但し後記措信しない部分を除く)同半沢栄一郎、同毛利将行の各証言を総合すれば、つぎの事実が認められる。すなわち、昭和三四年二月一九日成立した前記調停において、原告は単に遺産分割にかえて金一千万円の債権を取得したのみならず、更に、元来亡半沢吉四郎の相続財産に属する預金債権や株式等のうち、原告(原告の夫石幡敏男および同人の経営する訴外福三衣料株式会社を含む)において現に所持し或は既に費消したもの(費消により第三者に対する求償権に転化したものを含む)は原告の取分とする旨の合意が共同相続人間に成立したこと、前記調停の調停条項第四項はかゝる趣旨を記載したものであること、この結果、原告は株式会社東邦銀行定期預金金一〇〇万円(証書番号二九―二三八)、別紙「一」に記載したとおりの株式会社秋田銀行の指定金銭信託(なお信託名義人が必ずしも、被相続人となつていないものもあるが、これは名義を仮装したものであり実質的には全部亡半沢吉四郎に帰属していたものであつて、このことは、前掲証拠により認められる)合計金一五〇万円および別紙「二」に記載のとおりの銘柄・数量・金額(福三衣料株式会社の株式について、その相続開始時の評価額が一株当り五〇円であることは当事者間に争いがない)の株式合計金一、三二一、一九五円を、前記一千万円の債権のほかに相続により取得したことが認められる。
以上認定に反する証人大橋良胤の証言および同石幡敏男の証言中上記認定に反する部分は信用できず、他にこの認定を左右しうる証拠はない。
五、ところで、原告は、前記東邦銀行定期預金、秋田銀行指定金銭信託、および株式(但しその売却代金を日本勧業銀行に定期預金にしたもの)は、いずれも第三者である訴外福三衣料株式会社の債務の担保として、それぞれ債権者である東邦銀行秋田銀行および日本勧業銀行に対して差入れられており、同会社の債務不履行のため、すべて相殺せられ全額消滅に帰したと主張し、消滅した事実自体は被告の争わないところであるが、本判決理由第四項に挙示した証拠を総合すれば、前記のうち株式については、相続開始後、原告の代理人と認むべき石幡敏男が、訴外半沢日出弥方から引渡をうけ原告方に持参したのち、自ら売却し、一旦売却代金を入手していることが認められるから、その後右売却代金が如何なる事由で消滅しようとも、相続開始時において現実に存在した当該株式を遺産分割の結果原告が取得した事実自体は何の影響もうけないというべきである。
しかし、東邦銀行定期預金および秋田銀行指定金銭信託については、前記のとおりの相殺による消滅は、相続開始後のことであり、相殺適状になつたのも相続開始後でありいずれにせよ相続開始時には定期預金および指定金銭信託は存在したと認めうるも、それが被相続人によつて訴外福三衣料株式会社の債務のために担保に供されていたことも証拠上明らかであるから、原告はかゝる担保権の制限の附着した定期預金債権および指定金銭信託権を相続したことになるので、これを預金或は金銭信託の券面額で評価すべきか否かは問題である。原告は、これを負担附贈与と類似の性質のものと主張し、被担保債権相当額を所謂負担として差引くべきものであるというが、相続の目的となつた財産権が、たまたま第三者の債務の担保に入つている場合に、当該財産権を相続によつて取得した者が、担保権の実行を甘受せざるをえないことになるとしても、これを目して負担附遺贈における負担と同一又は類似のものとみることはできない。従つて相続税基本通達(昭和三二年)第五三条を準用ないし類推適用しなかつたとしても何の違法はない。この理は原告の反対主張四の2についても同様であつて原告のこの点についての主張はいずれも理由がない。勿論相続財産が第三者の債務の担保の目的となつている場合には、そうでない場合に較べて、当該財産の経済的価値が多少なりとも減ずるかも知れないことは、充分予想しうるところであつて、かりに担保権が実行せられたときに担保提供者より第三債務者に対する求償権が発生するからといつて、第三者の債務のために担保の目的となつているという事実を評価上全く無視することが適当でない場合もありうることは疑ない。
しかし乍ら、本件の場合、第三債務者の訴外福三衣料株式会社は、相続開始時には通常の営業状態であつたと認めうるから、(同社が不渡手形を出し銀行取引停止になつたのは昭和三四年三月二六日)特段の事情のない限り右相続開始日における本件定期預金および指定金銭信託の評価を券面額をもつてするもやむをえないといわざるをえず、かゝる特段の事情の存在は、券面額以下において評価すべきであると主張する原告において主張・立証すべきものと考えるが、それのない本件においては、券面額をもつてした被告の評価をもつて違法と断ずることはできない。
六、以上のとおりであるから、結局原告は、本件相続により
遺産分割にかえて取得した債権(別紙「三」) 金 七、七七八、三七六円
東邦銀行定期預金 金 一、〇〇〇、〇〇〇円
秋田銀行指定金銭信託(別紙「一」) 金 一、五〇〇、〇〇〇円
株式(別紙「二」) 金 一、三二一、一九五円
合計 金一一、五九九、五七一円
の財産を取得したものといわざるをえないから、被告において、右財産取得額を金一一、五二三、一一九円と更正した処分には過大評価の違法はない。
七、よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松本晃平 小野幹雄 神作良二)
(別紙「一」、「二」省略)
別紙「三」
第1回支払日 昭34.4.30 相続開始日からの日数 2年13日
現価=3,000,000×1/(1+8/100)2×1/1+(13/365)×(8/100)=2,564,510
第2回支払日 昭34.10.31 相続開始日からの日数 2年197日
現価=1,000,000×1/(1+8/100)2×1/1+(197/365)×(8/188)=821,808
第3回支払日 昭35.12.31 相続開始日からの日数 3年258日
現価=3,000,000×1/(1+8/100)3×1/1+(258/365)×(8/100)=2,253,923
第4回支払日 昭36.12.31 相続開始日からの日数 4年258日
現価=3,000,000×1/(1+8/100)4×1/1+(258/365)×(8/100)=2,138,075
第1回+第2回+第3回+第4回=7,778,376